大きな屋根の白い家*blog*

終わりなき「家づくり」の話題を中心に、この家での暮らしや趣味などを綴ります。

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青空文庫、はじめました

日常のあれやこれや、また子育ての記録は、こちらのブログで記録して、
FBは仕事面だけでの利用にしようと思っていたのに、FBのほうが活発に利用している友人が多いので、
結局書き分け出来ておらず。困ったな。

青空文庫で読書習慣。お風呂でクラシックの名作を堪能。
やっぱ紙媒体じゃないと!なんて思っていたけれど、
長風呂したい!本も読みたい!仕事もしてる!が両立できるはずもなく、
お風呂と読書の時間をドッキングできるのは、かなり助かる。
縦書きビューワアプリで、快適に読めます。
小川未明「赤い蝋燭と人魚」、林芙美子「或る女」、有島武郎「小さき者へ」など読んだ。
できれば最近の作品もスマホで読みたいけど、これは無料というわけにはいかないのでねぇ。
FBをぶくろぐと連動させて、読書記録を残し中。

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Pen「キリスト教とは何か。」

Pen ( ペン ) 2010年 3/1号 [雑誌]Pen ( ペン ) 2010年 3/1号 [雑誌]
(2010/02/15)
不明

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docomoの携帯で表示されるiチャネルで取り上げられていた「Pen」のキリスト教特集。ずっと気になっていたので、売り切れる前にと、急いで買いました。雑誌は、一度出会いを逃すと後々手に入れるのがとっても大変なので、気になった号は即買いしないとね。

まだ、ぱらぱらと読んだだけですが、とっても面白い。
キリスト教圏の文学などに触れるとときどきある、「?」な文脈。たいてい宗教がらみのことだったりするので、一度しっかりキホンのキを学んでみたいものだと思っていました。「バベルの塔」「ピエタ」「洗礼」「原罪」…、ぼんやりとは知っている言葉だけれど理解してしないことを、オールカラーで写真や宗教画とともに、やさしく解説してくれています。

ちょっと話は違うけれど、カナダ留学時はクロスモチーフのネックレスをしていたら、やたらたくさんの人から「クリスチャンなの?」と聞かれました。割と気になるのかな、キリスト教圏の人は。というか、気に障る人が多いのかな…、いや宗教的なモチーフということ自体が好まれないのか?と、その空気感がイマイチ分からないまま、つけるのをやめたの。私は外国人が梵字や仏像柄のTシャツを着ていてもあまり気にならないけど、それは私がほぼ仏教に思いいれがなく育ってきたからだしなぁ。
最近は、マリア像をモチーフにしたアクセサリをよく見かけます。こないだ、かわいい!と目を惹いたストールも、黒地にマリア像のプリントで、ステキに見えました。が、うーん、なんかあれ以来、色々考えちゃうんだよな。
でも、好みの方向が違うのでまぁありえないんだけど、たとえばインドの神様柄のTシャツを着たくなったと考えてみたら、なんか多分、キリスト教モチーフに対するような、そういう抵抗は感じないんだよね。

結婚式もキリスト教式だったし、クリスマスも普通に大好きなのですが、この身に着けるものに関してだけは、いまいち割り切れないrillaなのでした。

とりあえず「Pen」面白そうなので、じっくり堪能します。

2009末- 読書記録

1Q84 BOOK 11Q84 BOOK 1
(2009/05/29)
村上 春樹

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村上春樹「1Q84」

読むのに時間がかかった。力と重みのある本だと思った。
なんか、こう…、消化するのにすごく時間がかかりました。
本って、読んで2~3日たったら、理解が進んで、消化して自分の身のなかに入ったって感覚があるものですが、この本は、圧倒的ななにかを飲み込んでしまって、よくわからないうちに消化しきれず、体のなかにちょっと違和感を残して消えていった感じ。
とはいえ、やっぱり村上春樹は好きだし、いい作品だと思ったので、続編も読んでみたいと思います。

アンの村の日々 (New Montgomery Books 1)アンの村の日々 (New Montgomery Books 1)
(1983/01)
ルーシー・モード・モンゴメリ

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ルーシー・モード・モンゴメリ「アンの村の日々」「続アンの村の日々」

実は大の赤毛のアンファン。
新潮文庫から出ていない、モンゴメリ没後にまとめられた短編集を、オークションで落札。多分絶版っぽいので、今のうちに買っておかないと。
アンやアンの子どもたちなどはほとんど出てきませんが、グレンセントメアリ周辺の愛すべき人々が描かれます。
「続アンの村の日々」収録の、「夢が実現した話」がユーモラスで大好き。「気○いはなぜか事故らない」という迷言が何度も出てきてそのたびに笑いました。

一歩を越える勇気一歩を越える勇気
(2009/12/16)
栗城史多

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栗城史多「一歩を越える勇気」
オットが買ってきた1冊。
NHKで放映された「セブンサミット」というドキュメンタリーを見た。世界7大陸の最高峰へ“無酸素での”単独登頂を目指す作者を紹介した番組だったのですが、壮絶でした。映像を見ているだけで息苦しく、気分が悪くなった。
どうして彼がそんな挑戦をし続けるのか、本当には理解できなかったけれど、でも応援したい。
そして、どうか、生きて帰って来てほしい。


告白(湊かなえ)

告白告白
(2008/08/05)
湊 かなえ

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今年の本屋大賞受賞作。
夢中になって一気読み。たぶん3~4時間くらいで読んだ。電車乗り過ごしそうになった。
恐怖と共感と反感に、きりもみのように揺さぶられながら、ページを繰る手が止まりませんでした。

章ごとに入れ替わる語り手。彼らによって語られる物語は、どれもぜんぜん違った形に見えるけれど、結局それはすべて同じ事件、同じ時間。物事というのは、通過する人間が違うと、こんなにも見え方は変わるのか、ということが、この本の恐ろしいところです。殺人もいじめもトラウマも怖いけれど、私がなにより怖かったのは、この見え方の違いでした。

後味はぜんぜん良くないし、救いだってないけれど、それでもなにかこう、澱のようないやな感じではないのはなぜだろう。衝撃の1章からめぐりめぐって、ラストで元の発火点に戻ってきたような、そして…こう、でもこれでよかったんじゃないかしら、なんて思ってしまう…、この共感らしきもの?はなんだろう。

rillaの少ない読書体験から、比較対象を出すのはどうかと思うのですが、なぜか思い出したのがこの本だった…、宮部みゆきの「名もなき毒」。
私はどうしてもこの本、ダメだった。語り手である主人公が、なんかこう、なに考えてるんだか分からなくて、ずーーっとイライラし通しでした。
でもね、リアルライフを生きている私って、たぶん、迷いまくりブレまくりで、この生き様を小説にしたら、ぜったい馬鹿みたいに見えると思うの。つまり私が「名もなき毒」に感じたイラつきは、同属嫌悪、もしくは、すかっとしない現実のもやもや感を描いていることへの、やるせない怒りだったと思うのです。
翻ってこの「告白」に、変な共感のようなすっきり感を覚えたのは、逆に登場人物がみんな「やりすぎ感」漂ってるからではないか、と。考えにブレがなく、すっきりクリア。「極端でリアル感がない」の一歩手前の絶妙なバランスが、誰もがもつ黒い部分をあぶりだし、この奇妙な共感を生むモトなのじゃないかしら、なんて考えてしまいました。

んー、文句なしにいい読書体験でした。座右の書にしたい、とかそういうのではないけれど、いい本を読んだ!という満足感です。あー幸せ。
これこそが、読書の愉しみ、ですね。

哲学個人授業-殺し文句から入る哲学入門

哲学個人授業-<殺し文句>から入る哲学入門 (木星叢書)哲学個人授業-<殺し文句>から入る哲学入門 (木星叢書)
(2008/01/26)
鷲田清一永江朗

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オススメです。
哲学とかまったく興味がなかったのですが、この本はいい。
図書館で借りて、すごく気に入ったので、買っちゃいました。
「いい本に出会えた喜び」という、この何事にも代えがたい、ごく個人的な喜びを、じっくり噛み締めております(笑)。

速読はできないけれど、遅読でもないrillaですが、読むのはかなり時間がかかりました。
いかんせん読書の時間を十分に取れないので、夕食の支度をしながら細切れに読んでいたこともあり、また理解にそこそこの時間がかかる内容であるということもあり。
難解ではないですが、扱っているテーマが哲学だけに、噛みごたえのある読書。
でも、こういうのが本当の読書だ!と、心が震えるような喜びを味わいました。

本当に好きな、面白い本に出会ったときって、読んでる途中に時々、ページをぱたん!と閉じて一点を見つめて深呼吸、してしまいませんか?胸騒ぎがするような、不穏で甘美な気持ち。この本は私のものだ!と、手の中の本と、鼓動が呼応するような気分。
こないだ電車の中で、前に座っていた中年のサラリーマンが、まったくこの同じしぐさをしたんですよね。思わず立って行って握手をしたいような衝動にかられました(笑)。この人、いい本に出会ったんだろうなぁと思った。何を読んでいるのか、知りたかったのですが、カバーをかけていたので見えませんでした。

この本を借りるときに、何気なく開いたページの対話がよかったんですよ。
何年か前にあった「なぜ人を殺してはいけないのか」の議論について、著者である鷲田清一さんとゲストの内田樹さんとの会話。
鷲田さんは、TV番組で「なぜ人を殺してはいけないのか?」という疑問を発した高校生と、それにまともに答えられなかった大人の図が、マスメディアを賑わせたなったあの現象を、非常にカチンときた、と評した。「だってそんな質問はあれへんでしょう」「言うなら、なぜあなたを…(殺してはいけないのですか)と言うべき」と。そして、目の前でそんな質問をされたら、殴るか逃げるかどっちかだ、と。
その不快感を内田樹さんが見事に整理してくれるのです。たとえば、喉元にナイフをつきつけられ「どうして人を殺してはいけないのですか?」とそのナイフ男に聞かれた時、「そうそう、なんで悪いんですか?」と、一緒になって言えるわけがない。世の中には、平穏無事な今の立場なら言えるけれど、立場が変わったら言えなくなることがある。それを、さも一般的真理のように平然と語るのは、ナンセンスであり、傲慢であり、バカである。「それを問うた少年は、一般的な命題を抱えているわけではない」のだと。

これは、エマニュエル・レヴィナスの章の中にあった対話で、まぁこの章で扱った哲学者の言葉は、非常に難解で、本の中でも「難解ですね」「まったくわからない」「悶絶ですね」と、お墨付きの難解さなのですが(笑)、それでも随所に、こういった今までの自分がもやっと抱えていた疑問を、すっきりと解きほぐしてくれる珠玉の対話が多く収められています。哲学者の「見得をきる」ような伝説の言葉も素敵ですが、それを解説する著者2人の対談の中には、よりわかりやすく現実に即したいい言葉がたくさんあって、それがこの本の魅力となっています。

「活字が好きで、そこから意味を汲み取り、構築する作業が好き」な人にはおすすめしたい。見てくれてる日文B(日本文学専攻B)の女子たちには、より強力プッシュです(笑)。
精読の訓練にもなるようで、続いて今、「夜は短し歩けよ乙女」(森見登美彦)を読んでいますが、駄本ではないのに、もうやたらライトに感じて、目がすべって困る(笑)。

なんだか上手に紹介できないのが悔しいですが。
「僕らはいつもちぐはぐで、喋りすぎるか喋りたりないかです」




世界一お金のかからない娯楽、それが哲学

意味もよくわからないのになぜかグッとくる。哲学者の書くとぎすまされた言葉には、歌舞伎役者の切る「見得」と似た魅力がある。かたや大阪大学総長、かたやフリーライター、肩書きにちがいはあれど、ともに哲学にとことんイカれている二人が、キェルケゴール、サルトル、メルロ=ポンティからヘーゲル、マルクス、ニーチェまで、古今東西の哲学者23人の「グッとくるワンフレーズ」を題材に、哲学の魅力、おもしろさ、アブなさを語りつくす。ときにはんなりとやわらかく、ときに熱く繰り広げられる、極上哲学漫談。

【グッとくるフレーズの数々】
話をするのが不可能なことについては、人は沈黙せねばならない──ウィトゲンシュタイン
知覚はかつて一度も存在しなかったのである──デリダ
人間とは精神である。精神とは自己である──キェルケゴール
人間存在は必然的に、「それがあるところのものであるのではなく、
それがあらぬところのものでありうる」のでなければならない──サルトル
それゆえわれわれの研究は商品の分析から始まる──マルクス
複製技術のすすんだ時代のなかでほろびてゆくものは、作品のもつアウラである──ベンヤミン
運動における私の決意と私の身体との関係は、魔術的な関係なのである──メルロ=ポンティ

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